牛と馬の歌
4月18日は、長崎の代表的歌人・中村三郎の命日である。
と言っても「中村三郎って、ダレ?」と首を傾げる人が圧倒的に多いに違いない。
「ほら、県立図書館に登る坂道の左脇に歌碑があるでしょうが。」と言われて「ああ、あの歌碑ね。」と応える人が、一体何人ぐらい、おられるだろうか。
今年一月発刊の<ながさきの空>には越中先生の「午(うま)年によせて」の文中に、中村三郎歌碑と、その歌碑とその歌とが紹介されていた。
その和歌は次のように刻まれている。
川端に牛と馬とがつながれて牛と馬とが風に吹かるる
この歌の作者が中村三郎だと聞けば、「ああ、あの歌をつくった人ね」と、ピンと来る人が結構いらっしゃるかもしれない。
この歌は一度読んだり聞いたら、すぐに覚え、忘れられないものとなる −そんな不思議な力をもっているんですね。
この歌碑は、昭和48年の文化の日、長崎歌人会の人達によって建立されたが、私には忘れられない思い出がある。
当時私は、夫の両親と同居しながら四歳と二歳の男児を育てている若い母親であった。
無論、短歌とは縁のない忙しい日々を送っていました。
そんな或る日、姑が「みっちゃん、みっちゃん」と私の名を呼びながら帰宅して「図書館のそばに歌碑が建ったとよ」と言う。
姑は散歩が大好きで、よほど天気が悪くない限り毎日長崎のあちこちを歩き廻っていましたが、この日は新しく建った歌碑の歌を暗誦して聞かせてくれました。
大きな声で高らかに「かわばたにうしとうまとがつながれて、うしとうまとが、かぜにふかるる」と。
そして続けて「ねえ、この歌はどう思うね、この歌は、歌碑にするごと良か歌やろか?」と尋ねられました。
「ウーン」と私はしばらく考えてこう答えました。「おかあさん、散歩の途中で覚えて、おいでたのでしょう。
メモもせんで良く暗記して、スラスラ言える歌というのは、きっと良い歌ですよね。」と言いました。
そして私は、子供たちを諏訪公園へ遊びに連れて行き、三郎先生の歌碑と対面したのです。
それからずっと経って、十年後にコスモス短歌会に入会し、今に至ったのですが、短歌と私との縁は、三郎先生の歌碑と対面したあの時から、すでに始まっていたのかもしれません。
中村先生は明治24年3月21日長崎市麹屋町の写真館の末っ子として生まれ、大正1 1 年4月18日に伊良林町中島川そばの借家の二階で息を引きとられました。
歌人として、また画家としての、未来を抱えた人であられたが、貧困と結核のために32歳という若さでこの世を去られたのです。
若山牧水先生に師事し、その門下での俊秀歌人として将来を嘱望されておられた中村先生は、画家としても其の才があり「グラバー図譜」や図書館収蔵の郷土資料模写などの作品をのこしておられます。
「グラバー図譜」とは、トーマス・グラバーの息子の倉場富三郎の依頼で、長崎港に水揚げされる魚類を精緻に写生したもので、中村先生を含む数名の画家の人達によって描かれ、日本三大魚類図鑑の一つと評価されています。
また、郷土資料模写の仕事については、当時図書館に勤務しておられた島内八郎先生(歌人で郷土史家)が歌誌「あけび」の中村三郎追悼号に詳しく誌しておられます。
中村先生が模写された品々は、原本を鏡に写したように巧妙精細に描いておられます。
こうした写生作品本を見慣れておられた島内八郎先生も、すっかり感心し尊敬するようになられたと記しておられます。
その島内八郎先生は、そののち、中村三郎・北原白秋を師と仰いで学び、後年長崎歌壇の重鎮となられました。
さて、この中村三郎先生の墓が寺町晧台寺の裏山にあります。その晧台寺境内に平成10年中村先生の墓の案内板が建てられました。
この案内板の末尾には、三郎先生の三回忌にこの寺を訪れた若山牧水が、愛弟子三郎を悼んで詠んだ歌が紹介されています。
三郎よ汝がふるさとに来てみればなが墓にはや苔ぞ生ひたる
長崎に生まれ長崎育ちの歌人中村三郎の夭折は、いかに惜しんでも惜しみ足りません。
そして、其の晧台寺裏山には、他にも歴史上知名の人々の墓が多いのです。シーボルトの娘楠本イネとその恩師二宮敬作、加比丹ヘンドリク・ドウフの子、道富丈吉、などなど郷土史散策にはお勧めのスポットといえましょう。
長崎歴史文化協会では、越中哲也先生のお話を毎週一回月曜日に聴きながら、長崎の町の生い立ちや、もろもろの歴史を学んでいます。
自分の住んでいる町について、いろんな方面のいろんな事実を知ることは、とても素晴らしい経験です。
どんな人たちが、どのように暮らしながら、どんな考えをもって、この長崎の町を形づくってきたのか……興味のある方は是非越中先生の講座においで下さい。ご一緒に勉強しませんか。
また、コスモス短歌会長崎支部では、コスモスという中央の短歌会と直結して、短歌の正統を学びながら、支部独自の歌誌「海港」を発行し郷土長崎に密着した短歌活動を展開しています。
中村三郎先生の歌が心にひびいた方は、どうぞご一緒に短歌をたのしみましょう。
(コスモス短歌会会員)
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